2026年6月21日、島根県立大学浜田キャンパス講堂でハイブリッドウインドオーケストラ第8回定期演奏会「The 吹奏楽王道」が開催された。同楽団メンバーの全員が音大などを経て浜田市に移住してきた若い音楽家だ。総務省の特定地域づくり事業共同組合制度を活用して「協同組合Biz.Coop.はまだ」を設立。ここが彼らを雇用し、音楽に関わる仕事を含めた就業機会を提供するとともに、全員がハイブリッドウインドオーケストラ(HWO)のメンバーとして音楽活動を行っている。音楽監督として指導しているのが、長年、吹奏楽の世界を牽引してきた藤重佳久さんだ。第8回定期演奏会では、2026年度全日本吹奏楽コンクール課題曲から民謡や童謡、ジャズ、ラテン、声楽メンバーによるミュージカル『レ・ミゼラブル』まで全14曲を披露。多様な表現で聴衆を楽しませていた。

写真提供:石見音楽文化振興会
発起人として石見音楽文化振興会をひとりで立ち上げ、須山隆振興会会長などとこうした仕組みをつくり上げてきたのが、代表理事を務める田中健一さんだ。「音楽の専門教育を受けた若い人たちが音楽以外の仕事をしつつ、音楽活動でも多少の収入が得られるようにするにはどうすればいいか。この思いがそもそもの始まりでした」。本業は浜田市の隣、江津市の石見智翠館高校の教師。2004年に同校に吹奏楽部を立ち上げ、全国大会出場を果たすまでに育て上げた。しかし「吹奏楽をするために県外からも生徒が集まり、音大などに進学する部員も増えました。ただ、卒業後、音楽のスキルを活かす仕事にはなかなか就けなかった」。
2015年に振興会を立ち上げ、音楽活動と生活を両立させる方法を模索しながら、関東の音大などを訪れては移住を呼びかけた。18年に高校時代の教え子2人がUターンしたことで、地域の学童保育などの働き手になるとともに、演奏活動で収入を得るというロールモデルが出来た。20年6月に特定地域づくり事業推進法が施行されると、若者の転出や出生数の減少を背景に「若者が暮らしやすいまちづくり」に取り組む浜田市に働きかけ、移住する音楽家の受け皿として同年12月に協同組合Biz.Coop.はまだを設立した。翌年には新たに16人の音楽家が移住。初期の2人も加えてHWOを結成した。
今回の定期演奏会に参加していた清水佑一さんはHWOの1期生。現在は千葉県在住でプロのトランペッターとして活躍している。「音大卒業時はコロナ禍で、プロ楽団のオーディションもほとんどなくて進路に悩んでいた時、この取り組みを知りました。ゼロから楽団を立ち上げる面白さもあって移住を決意しました」と話す。練習場所も用意され、学童保育の仕事は昼からなので午前中は練習時間に充てられたという。
これまで移住してきた若手音楽人材は延べ43人で、今年も4人が新たに加わった。動機は「浜田で演奏技術を磨いて、プロの吹奏楽団員を目指したい」「吹奏楽の指導者になりたい」「コンサートの企画・運営など音楽マネジメントに関わりたい」などさまざまだ。組合では声楽やマネジメント人材も受け入れており、今回の司会を担当したHWO副団長の黒田祥太さんは後者での採用だ。「中高は吹奏楽部で、教職に就いていた時代も吹奏楽を指導していました。その後、東京学芸大学大学院に入り直し、部活の地域移行などを研究していたのですが、音楽スキルをもつ若い人を呼び込んでいる浜田に興味があって見学に来ました。それをきっかけに楽団の立ち上げや運営にも東京からオンラインで関わり、22年春に大学院を修了すると迷わずこ こに移住しました」。
地元企業に就職したり、結婚相手と出会って他所に移った人もいるなど、音楽文化の振興だけでなく、地域の活性化に着実に寄与している 。「理想は、地域のシンボリックな楽団になること。まずは楽団の規模を35人ぐらいまで増員したい。そのためには仕事を提供する組合の仲間をもっと増やす必要があります」(田中代表理事)。特定地域づくり事業共同組合制度とアート人材をマッチングさせた事例は他にはないが、活用のひとつのモデルになっていることは間違いない。
(ライター・田中健夫)
●ハイブリッドウインドオーケストラ第8回定期演奏会「The 吹奏楽王道」
[主催]一般社団法人石見音楽文化振興会
[会期]2026年6月21日
[会場]島根県立大学講堂
[指揮]藤重佳久
[演奏]ハイブリッドウインドオーケストラ、石見ユースウインドオーケストラ
●特定地域づくり事業協同組合制度
特定地域づくり事業推進法によって設けられた制度。人口急減地域において、都市部などから働き手を組合が受け入れ、複数の職場に派遣する。①地域内の事業 者( 4事業者以上)が「特定地域づくり事業協同組合」を設立し、②「マルチワーカー(季節ごとに複数の事業に従事)」を雇用し、組合事業者に派遣すれば、③国・市町村から事務費と人件費に対し1/2助成(国1/4、市町村1/4負担)、④その結果、事業者は経費の1/2負担で雇用し事業実施できる。
●協同組合Biz.Coop.はまだ
音大卒業生など音楽のスキルをもつ人材に限定して雇用し(演奏など技術試験あり。組合に雇用されると自動的に石見音楽文化振興会の会員となる)、組合員の事業所に派遣。組合員は4社(認定こども園や育児支援、放課後児童クラブを運営する2つの社会福祉法人、通所介護施設事業や放課後デイサービスなどを手がける民間会社、石見音楽文化振興会)。毎年夏に振興会の会長、代表理事が関東や関西の音大を訪問して勧誘。音楽活動としては吹奏楽部の指導、児童施設・高齢者施設での演奏など。
